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梅里雪山~17人の友を探して

梅里雪山―十七人の友を探して梅里雪山―十七人の友を探して
(2006/01)
小林 尚礼

商品詳細を見る




読みたかった本が、やっと手に入った。


実家の母に送ってもらおうかどうしようか、と
考えていたところに、
雲南に住む日本人の会に参加した際、
その関係者の方から購入できたのだ。


おもしろくて、一日で
あっと言う間に読み終わってしまった。
(もう一度読むつもりだが)





この本で扱われている


「日本海外登山史上最大(最悪)の遭難事故」


ご存知ですか?




(以下、ネタバレの内容紹介)



90年末~91年1月、時はまさに湾岸戦争勃発
前の緊張した空気の最中。



京大山岳会のメンバー11人と中国登山家、
ポーターの合同チーム、計17人が
入念な準備の下、
雲南省の梅里雪山の最高峰カワカブ
(6740m)の頂上アタックに臨んだ。


アタックは悪天候のため、結果的には
失敗になった(その瀬戸際だった)。


その下山途中、標高5100メートルの
キャンプ3。


1月3日、夜10時過ぎのBC(ベースキャンプ)との
交信を最後に、キャンプ3滞在中の17人全員と
連絡が取れなくなった。



何が起こったのか



直後に派遣された、捜索隊。
日本側も合流して、徒歩で、飛行機で
捜索開始。


当時、京大山岳部に所属し親友がこのアタック
チームに参加していた小林さん。


彼を含め、関係者はやがて何が起こった
のかを知った。


キャンプ3があった場所には
テントも人影もなく、ただ広大な雪崩の跡が
広がるばかりだったのだ。


捜索は難航した。
梅里雪山の自然の厳しさだけが理由ではない。


地元チベット民族にとっての「聖山」を
侵した外国人たちへの反発と、日中間の
調整の困難、中国の事情などもあった。


結果、彼ら17人は、遺族の下に帰ることなく
捜索は打ち切られた。



~~~~


キャンプ3は、
梅里雪山の巨大な氷河・明永氷河
の源頭に置かれていたので、彼らは
この氷河に流されたと考えられた。


となれば、
50年後、いや100年後くらいに氷河の動き
に合わせて下流の河に姿を現すだろう、、、、、





ところが




遭難から7年後の1998年。




ふもとに住む原住民の手により、
明永氷河において
登山者のものと思われる遺体が発見されたのだ。




明永氷河の動きは、予想よりもずっと速く
、氷河に抱かれた17人の
友の体は、次々に姿を現し始めた。



そこから、小林さんの人生は、まるで
明永氷河のように大きく速く変わっていく。


彼は会社を辞め、梅里雪山のふもとの村に
暮らしはじめた。

友を探し、自身も宗教そして梅里雪山と
向き合う覚悟をしたのだ。


彼はカメラマンとして、この一連の事故と
その捜索活動、そして山と人を撮り始めた。


それは現在も続けられ、残るはあと一人
(日本人)となった、、、









~~~~~~



長い内容紹介になってしまったが、
本の内容のほんの一部(当然)。


美しく崇高な梅里雪山、
素朴なチベット民族、豊かな木々や花々の写真、
なども、ふんだんに収められている。


その山や自然が美しければ美しいほど、
氷河に横たわる遺体や遺品との対比が
際立つ。
巨大な山と氷河に抱かれ、ポッツリ果てている
遺体と人工的な遺品の数々は、そこだけ切り取ると
滑稽ですらある。


「人のちっぽけさ」を見事に表している写真
とでも言おうか。



小林さんは、本の後半にかかればかかるほど、
梅里雪山への畏敬の念や、地元民の純粋な
宗教心に徐々に心を奪われていく。

山登りがすきという、山男の征服意欲が
友の遭難を通じて、
地元民と暮らして、
山と生きて、
最終的にどう変わっていったか、
一人の人間の「心の登山」の本でもある。




~~~~~



正直、この事故については記憶になかった。
91年1月17日に、アメリカがイラクへの空爆を
開始したことで、報道もそれ一色になったから
だろうか?とにかく、改めて調べるまで知らなかった。


しかし、雲南に暮らしている者として、
雲南が思ったよりも
ずっと日本人と深い関係にある場所なのだと
この本を通じても、改めて知った。


山を神格化し、崇拝する習慣は日本にもある。


だから、登りたい人の気持ちも解るが、
チベットの地元民の気持ちも、そして小林さんの
気持ちの変化も理解できた。
(もちろん、理解できない部分や、ちょっと
腹立たしく思う部分も本には出てくるが)








小林さんは、私のいきつけの日本料理屋に
何度かいらっしゃったことがあるそうだ。


残念!
是非お会いして、話を伺ってみたかった。
次回こそ!



ともあれ、91年の遭難から考えれば15年間にも
渡る記録の集大成。



写真集としても成り立つほどの写真の収録量。



是非、お読みくだされ。



最後に、残る一人が一日も早く
見つかることを
祈ります。







小林さんのHPはこちら。






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コメント

私は1982年に四川省ミニヤコンカ峰で遭難し、自力で下山した松田宏也さんのドキュメンタリーが印象に残っています。
この事故は知らなかったので、読んでみます。
【2008/01/27 10:14】 URL | バラキ #-[ 編集]
らんさん、今晩は。 重い内容のご本の様ですね… 
亡くなった方々のご冥福を心から祈ると供に、残るお一方の発見を祈ります。
 さて、私の尊敬する先輩も山男でありまして、チベットやボルネオに行っおられました。 うむむ。 夏山で良かった。

小市民のあたしは、今日屋根の雪下ろしをやって、腰が痛くてへろへろです。 空気読めない"かきこ"になりそうですが、雪、冬の恐ろしさはよ~く知っている、いやっ、身にしみている私でした。 嗚呼、雪は白い悪魔…
【2008/01/27 17:37】 URL | 日本の小東洋 #-[ 編集]
早速、アマゾンで購入(クリック)しました!!
20代~30代(結婚するまで)は、夏山ですが、北アルプスによく行き新田次郎著の本を貪り(^^)読みました、山は人を惹きつける神秘的・宗教的な要素をもっていると思います。
らんさん!いつも楽しく拝読しています。
表?ブログの再開も心お待ちにしています。
【2008/01/28 23:25】 URL | 38ya #-[ 編集]
なんか・・・らんさんの紹介文をちょこっと読んだだけで「スゴイ」と思っちゃいますね。
そんな事があったんだ・・・。
【2008/01/30 18:22】 URL | 寒河江の菅ちゃん #W6545ECQ[ 編集]
こっちのブログで政治経済の話をするのは無粋かも知れないけど、
中国産“薬物”餃子で10人中毒…殺虫剤成分を検出
のニュースってそちらで流れてます?
【2008/01/30 18:36】 URL | カヲナシ #qx6UTKxA[ 編集]
とうとう出たかって感じですよね。
九段坂での粗相といい、コンボで極められてますな。私見ですが、やはり言うべき事は言わないといけないんじゃないですかね。

上海では降雪しているようですが、らんさんのお住まいの地域はどうですか?体に気をつけてくださいな。
【2008/01/30 20:15】 URL | No28 #-[ 編集]
はい。
雫亭で 小林さんと話をしましたよ。
素敵な方でした・・・。

【2008/01/30 21:36】 URL | つっちー #-[ 編集]
最後の方、早く見つかると良いですが見つからなくても良いのかもしれません。
多くの人が亡くなった事は悲しい事ですが、神の座に住まう彼らをどこか羨ましいという思いが私の心の片隅にあります。
【2008/01/31 13:32】 URL | くま #qbIq4rIg[ 編集]
私もこれを読みました。聖山カワカブを通して人の生死、考え方の違い、自然の尊さ等多岐に渡る内容でした。色々と考えさせられる本だと思います。
【2008/02/10 18:33】 URL | みそラーメン2 #-[ 編集]
>バラキさん
松田さん、、私はこちらを知りませんでした。なるほどこの方の本も出てるんですね。読んでみたいなあ~~。自分に出来ないこと(登山)をしている人の経験談は、抜群に面白いですよね。
【2008/02/10 22:55】 URL | らん #-[ 編集]
>日本の小東洋さん
私は雪苦手なんですよ~~。スキーも「なんで寒い時期にもっと寒い場所に行くんだあ!」とか思うたちで(笑)。日本はまだまだ寒い日が続いているようですね、腰、お大事に!
【2008/02/10 22:56】 URL | らん #-[ 編集]
>38yaさん
おお、是非お読みください!すんばらしい本ですので。新田次郎といえば、「国家の品格」の藤原先生のお父様ですね。新田次郎の山岳小説、食わず嫌いで読んでませんでした、、、。トライしたいです。
【2008/02/10 22:59】 URL | らん #-[ 編集]
>寒河江の菅ちゃんさん
是非是非お読みくだされ。すっごくいいですよ!
【2008/02/10 23:00】 URL | らん #-[ 編集]
>カヲナシさん
情報どうもです!おかげさまで、表ブログ復活しました(あはは)。
【2008/02/10 23:01】 URL | らん #-[ 編集]
>NO.28さん
とうとう出ましたねえ、、、(餃子)。まあ予想通りではあったんですが。こちらは雪はめったに降らない場所なので、なんとか生きられてます(あはは)。
【2008/02/10 23:02】 URL | らん #-[ 編集]
>つっちーさん
いいですね~~、私も是非お話したかった!次は絶対にお会いしたいです。
【2008/02/10 23:03】 URL | らん #-[ 編集]
>くまさん
そうですね、好きな場所で死ねて眠れて、もしかしたら幸せなのかも知れませんね。
【2008/02/10 23:04】 URL | らん #-[ 編集]
>みそらーめん2さん
いい本ですよね~。ほんと、考えさせられます。人間の生死とは、を。
【2008/02/10 23:05】 URL | らん #-[ 編集]
10年以上前に夫婦で昆明に2年留学し、友人にな名づけられたHNです。遺体が姿を現した時、友人が通訳を勤めました。
梅里雪山の遭難碑、17人全員の名前が書かれていたのですが、日本人とチベット人の名前が誰かに削られたのを知っていますか。削られなかったのは漢族のだけ。
【2008/02/12 14:53】 URL | 昆明夫婦 #nLFQAz4w[ 編集]
>昆明夫婦さん
ほう、そのような体験をされた加賀田友人におられますか!遭難碑の名前が削られていたこと、知ってます。非常に腹立たしい想いがしましたね。チベット人のも削られているというのが、誰の仕業か予想されて余計腹立たしく思います。愚かなことです。
【2008/03/07 14:04】 URL | らん #-[ 編集]

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